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2005年1月13日 映画「イノセンス」について

 なにを今さらなのですがそれでも聞いてくださいな。

 この映画で描かれているのは警察である。簡単に粗筋を言えば近未来社会で愛玩用ロボットが暴走して所有者を殺害。仕組んだのはロボットの製造会社に捕われていた少女。
 この少女は自分が助かりたいがためにロボットを暴走させ警察が助けにきてくれると考えて死者が出るかも知れない危険な行為を行ったって事ですな。根本的に悪いのはこの少女達を捕らえて利用したロボット製造メーカーなので御用になりました、めでたしめでたしってわけです。

 しかしこの映画の言わんとしている事はそんな表層的な事で無い事はこの映画を見た誰の目から見ても明らかであろう。だいたい犯人(ロボットメーカーの経営陣って事になるのか?)は一度も画面に出てこないし警察が逮捕って事だろうからふつうは犯人に手錠のシーンが有るのが普通なのにそんなのまるっきりだわ。
 この映画は人間、アンドロイド、ロボット、人形の間にある危うい曖昧さを描こうとしているのである。
 以前私は「ロボットのお話」ってのを書いたがあれに通じる物有りです。あれは未来の話では無く現在の話、明らかにプログラムによって動く人々。そこに人間としての感情は必要とされず、それでいて感情を所有していているかのように装う一種の機械。しかしそれはまぎれもなく人間である。無論機械である部分は皆無であり考え方によっては実に無気味な存在だ。

 人間がロボットになってしまったのとは別に人形はどれだけ現代社会に入ってきているのだろう。この映画に出てくるロボットは愛玩用だ。現代社会に愛玩用の人間型ロボットはまだ存在していないが愛玩用の人形はすでに相当な市場規模があるようだ。ネットで検索してみればあれよあれよとでてくる。しかも価格が半端では無い。数万円から100万円くらいのまである。平均価格帯は30万円程度だろうか???
 何社もあって歴史も有るってことなので市場規模はそれなりに大きいのであろう。しかも今後人間型ロボットが確立されていけば愛玩用人形に代わって愛玩用ロボットができるのは間違い無い。
 現代では愛玩用ロボットの代役の一翼を勤めているのは犬ネコだ。犬ネコにしてみれば餌と居場所を提供してくれればそれでいいわけで一方人間からすれば犬ネコを可愛がる事によってある種の満足感に浸れるからそれでまた良いことになる。両者満足だ。しかし犬ネコは面倒は見てもらっても飼い主の面倒を見る事はできない。愛玩用ロボットならばそれも可能になるだろう。

 まてよ。

 そうすると将来的には専業主婦ってのがますます価値が問われるわな。と言うか愛玩用ロボットは究極の家電になる可能性有りだわ。家事の多くはすでにそうとう自動化されている。全自動洗濯機、食器洗い機、掃除機、エアコン、自動湯沸かし器、オート風呂などなど細かい専門的な作業は別の機械(マイコンが入った一種のロボット)がしてくれるしな。愛玩用ロボットは専門的な家事はできなくても適当なタイミングで適当なボタンを押すだけで家事ができてしまう事になる。
 主婦が望んだ家事を楽にする家電で主婦の価値が問われてしまう、なんとも皮肉なお話でござい。ロボットの購入費&ランニングコストと主婦のそれとを比較する時代がやがてやってくるかもな。しかも主婦のニューモデルへの更新は困難(うぷっ!)でもロボットは簡単だ。下取りに出したりリサイクルしたりもできまッセ!
 専業主婦による家事もできる愛玩用ロボットボイコット運動とか起こったりして。家事のできる範囲を限定せよー!!とか、阿呆臭いな。
 ふむふむますます良いかもって気がする。ロボットだったら朝飯食いながら新聞読んでもブーたれないし、朝の起きがけの口臭モア〜んってのも無いしな(みょ〜にリアル!!)。なにせ黙ってろ!って言えば黙ってるだろうから良いわな。たまに反抗しろよってプログラムしとくと適度に反抗したり。老後の面倒も見てくれたりな。介護保険適応ロボットとかな。チョーくだらないコスプレに付き合わせたり、ネコ耳とかメイドさんとか。帰ってきた時の御挨拶はおもいっきり元気よく「お帰りなさいませ御主人様!」「お風呂になさいますかそれともお食事?それともア・タ・シ!」鼻血ブハー!
 オプションのあんまプログラムもとうぜんインストールだよな。  

     オモシロ!!!

 あレ?そういえば既婚男性の愛玩用ロボットの所有は不倫か???
 愛玩用ロボットの所有者が死んだ場合はその愛玩用ロボットは相続人かそれとも相続される財産の一部か???どこかの国ではネコに遺産相続させたバーさんが居たがやっぱりロボットは相続される財産の一部だろうな。旧式だと相続の放棄をされたりして。そうなるのが想定できる場合には哀愁をそそるウソ泣きをしてきっちり相続してもらえるようにプログラムしておいてっと。あァ忙しい。

 映画の話題からズレまくりで大変遺憾に思います。

 映画中ハラウエイ氏の台詞にロボットの暴走理由に関しての個人的意見が有る「ロボットはただ大事にしてほしいだけ。産業用ロボットならまだしも愛玩用は・・・」ってのが有ります。
 このコメントで思うのは現代社会では多くの子供が愛玩用になってっしまったって事です。豊かになって熟しすぎた現代日本では多くの親は愛玩用として子供と接しているように思えるのです。
 愛玩用ですのであくまでかわいらしくて従順でなければなりません。生まれたては良いでしょう。ところが子供ってのはやがて大人になっていきますので愛らしくも無く従順でもなくなり自我なんてものまで生まれてきます。もうこうなると愛玩用としてはあれこれ不都合が出てきます。
 貧乏な環境であればそこそこの年令で子供は労働力としてみなされます。愛玩用から産業用に変身するわけです。
 豊かな環境ではそれでもまだ親は子供をペットとして所有しようと思いますので各種餌を持ち出して言う事をきかせようとしますがやがてその手も通じなくなり破たんしていくのです。
 ペットとして育てられた子供が年齢的には大人になって学校にもいられなくなるとヒッキーやニートになるわけですな。なんせペットですから労働するなんて家畜(社畜)のまねはできません!!!
 70年代ったでしょうか戸塚ヨットスクールが話題になっていたころあれは不登校の子供うんぬんだったんですが問題児でスクールに強制的につれていかれたのは金持ちの子供達が多かったのは覚えている方も多いでしょう。
 当時も金持ちの家は子供をペットとしてあつかったんだと思いますよ。それで中高生になって歪みが一気に爆発したんだと思います。 現代社会ではさらに事は進んで多くの親がいつまでも子供を労働力としてでは無くペットとして扱う事ができるだけの経済力をもったんですな。
 戸塚ヨットスクールは少なくとも統計上は劇的な効果をあげたにもかかわらずこの世から消え不登校は増え続けペットとして育てられた年齢的には大人になったペットは人権という権利だけは保有したままペットとして餌は与えられ続け現代社会にただよっているわけです。
 「イノセンス」の中では暴走をしたのはロボットですので発見して破壊すればすむ事ですが現代社会でペット人間に暴走されると犯罪者の人権は手厚く保護されるのに対して被害者はプライバシーを侵害された上に司法解剖と称して肉体を解体されてしまう現代日本ではこの事態は実に由々しき事です。

 

 映画ってのはラストシーンにその作品の言わんとするところが集約されている物でして「イノセンス」では任務完了して主役の合方の家の前が舞台。
 主役は脳を除いて全身機械の体。その主役が抱いているペットの犬はこの時代としては貴重な純粋に生身の犬。合方は一部機械を埋め込んだ生身の体。だっこした娘はおそらく全身生身。その娘がしっかり抱いているのは無機質な人形。主役の愛しの守護神はボディーさえ有るかどうか分らない。しかし主役の背景の高層ビルの照明チカチカが守護神の存在を暗示しているのか?
 役者が揃ったところでずズズいーと幕が降りるわけであります。つまり近未来ではこのような人間と機械の区別が曖昧になるって事が言いたいのでしょうけど(初めの方で書いてるがな)現代でもずいぶんと曖昧だと思うのですよ。前出の「ロボットの話」の件もあるがそれ以外にも。

 たまに当社にいらして客にそんな対応するんかこら!とクレームつける人がいますがわたくし飯倉はたとえ札束もったお客さんでも一人の人間として扱いますのでダメな物はダメ、気に入らない物は気に入らないといいます。
 金払ってる方が一方的に偉いんだと思っているような方は無機質な金もうけのロボットのところにいって下さい。金さえもっていけばきっと満面の笑顔で迎えてくれます。

 

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